2011年06月01日

ご縁って

ご縁



そんな言葉を最近好く使う気がします。
人との出会いや別れ、何か出来事との遭遇など。


私たちは日々偶然の中で生活しています。いつもどおり電車に乗っていたとしても、同じ車両に乗っていた人は毎回必ず同じとは限らない。

つまりその時々で誰と一緒になるかわからないと言うことですね。

私だって電車に乗りますが定時に乗っているわけではありません。
一緒に乗っていたのはどんな人たちで、だれがどこにいてなんて気にしませんよね。

でも大体時間帯や曜日によって乗っている人は違うと思います。通勤ラッシュであればほとんどがサラリーマンですが、日曜の午前中となるとおば様方が多い。


自分がどういうときにどこへ行くかによって、出くわす偶然の性質がかわります。


ご縁と言う言葉もこの列車に似ているのでは無いでしょうか?

たとえば就職活動をしていたころ「ご縁が無かった」と言って選考に落ちたことが何回もあります。
そのたびに「ご縁ってなんだよ!」と思っていたものでした。
でも良く考えるとその会社を知るキッカケは雑誌の記事だったりして、案外偶然的な要素が多かったんです。そうやっていろんな原因に目を向けるうち、ご縁って偶然の結びつきなんじゃないかって気がしてきました。


そして大事なのはその偶然はある程度操れるんじゃないかと。


恋愛でもそうですね。


「こんな感じの彼女・彼氏がいたらな〜」という人がよくいますね。

友人の女の子はマッチョな男が好みだそうですが、別の友人は細身の人が好きだそうです。

なんだかんだそれぞれ追い求めている要素はちがう。


なのに何もせずに「誰かいないかな」という発想をずっと持っている。(私もそうかも)

そんな状態でいたらめぐり合える偶然も確率が低くなってしまいますね。
自分が求めているもの(あるいは人)がたくさん存在しそうなフィールドへ自ら出向いて行けば、良い偶然(自分が思い描いていた偶然)にきっと出会えるはずです。


「白馬に乗った王子様が〜」とか絵本みたいなこと言わないで、むしろモンハンみたいに狩に行くぜ位のほうがちょうどいいかもしれませんね。

「カブトムシ捕まえるぞ!」って行ってるのに海の中を探したっているわけがありません。家にこもっていたって同じことです。イメージしているものに遭遇できるところへ自分で足を伸ばす。この積み重ねがご縁を呼び込む秘訣じゃないでしょうか?


自分がそうやって一歩一歩踏み出していって、一方では相手も何か求めて一歩一歩踏み出していく。
その一歩が互いにめぐり合うことこそ”ご縁”と言うのではないでしょうか。


映画「不思議の国のアリス」にも白馬の王子が現れると信じ続ける女性が登場しますね。


果たして彼女の元に王子はくるでしょうか?



さすがのご縁にも限界がありそうですよね。


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posted by イリジウム at 00:02 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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